
交通事故の死亡逸失利益の解説
1 死亡による逸失利益
死亡による逸失利益(いっしつりえき)とは、被害者が、仮に交通事故により死亡しなければ、得られたであろう利益のことをいいます。
この場合の利益は、通常、稼働収入になります。
死亡による逸失利益は、簡単なイメージで表現しますと、「年収」×「就労可能年数」になります。
2 死亡による逸失利益の相場(裁判・弁護士基準)の目安~結論
死亡による逸失利益の相場(裁判・弁護士基準)について、結論からお伝えいたします。
死亡による逸失利益の相場(裁判・弁護士基準)の目安は、以下のようになります。
但し、あくまで目安ですので、ご注意ください。
5歳の女子幼稚園児の場合 | 4700万円程度 |
---|---|
17歳の男子高校生の場合 | 6800万円程度 |
22歳の男子大学生の場合 | 7800万円程度 |
45歳の男性の会社員(年収600万円)で、妻子ありの場合 | 6700万円程度 |
45歳の主婦の場合 | 4400万円程度 |
70歳の主婦の場合 | 1700万円程度 |
以下、詳しく説明いたします。
3 死亡による逸失利益の計算式
死亡による逸失利益は、裁判・弁護士基準では、正確には、以下のような計算式で計算されています。
「基礎収入額」×(1-生活費控除率)×「就労可能年数に対応する中間利息控除係数」
以下、順に説明いたします。
4 死亡による逸失利益の基礎収入額
(1)基礎収入額
基礎収入額は、裁判・弁護士基準では、原則として、以下のように考えられています。
有職者 | 給与所得者 | 原則として、事故前の収入額 但し、若年労働者(概ね30歳未満)の場合、原則として、全年齢平均賃金額 |
---|---|---|
事業所得者 | 原則として、申告所得額 | |
会社役員 | 報酬のうち、労務提供の対価部分は、認められるが、利益配当の実質を持つ部分は、認められない。 | |
家事従事者 | 専業主婦 | 原則として、女性の全年齢平均賃金額 |
有職の主婦 | 「実収入額」が「女性の全年齢平均賃金額」を上回っている場合、「実収入額」 下回っている場合、原則として、女性の全年齢平均賃金額 | |
無職者 | 学生・生徒・幼児等 | 原則として、全年齢平均賃金額 |
失業者 | 労働能力及び労働意欲があり、就労の蓋然性がある場合、再就職によって得られるであろう収入額 | |
高齢者 | 就労の蓋然性がある場合、年齢別平均賃金額 |
(2)学生・生徒・幼児等
学生・生徒・幼児等は、原則として、18歳から、全年齢平均賃金額(男性の学歴計は、550万円程度)(女性の学歴計は、390万円程度)の稼働収入を得られたであろうと考えられています。
大学生の場合、基本22歳から、基本、大学卒の全年齢平均賃金額(男性は、640万円程度)(女性は、460万円程度)になります。
また、女子年少者の場合、基本、男女計の全年齢平均賃金額(学歴計は、490万円程度)とされています。
(3)若年労働者(概ね30歳未満)
若年労働者(概ね30歳未満)の場合、事故前の収入額が低いことが多く、それを基礎収入額とすると、若年労働者に酷であることから、学生との均衡も考慮し、原則として、全年齢平均賃金額(男性の学歴計は、550万円程度)(女性の学歴計は、390万円程度)とされています。
(4)家事従事者
家事従事者は、稼働収入がないか少なく、逸失利益を認めないか低額でしか認めないのは、家事従事者に酷であること、また、家事労働は、例えば業者に依頼すれば費用がかかり、金銭評価できることから、家事労働を金銭評価して、逸失利益が認められています。
高齢者の場合、基本、女性の年齢別平均賃金額(学歴計の70歳以上は、290万円程度)とされています。
5 死亡による逸失利益の生活費控除率
(1)生活費控除率
生活費控除率は、被害者が、仮に交通事故により死亡しなければ、稼働収入を得られたであろうが、他方、これを生活費で費消したであろうことから、生活費を控除すべきとの考えに基づくものです。
生活費控除率は、裁判・弁護士基準では、原則として、以下のように考えられています。
なお、被害者にとっては、生活費控除率が低いほど、有利になります。
一家の支柱 | 被扶養者1人の場合 | 40% |
---|---|---|
被扶養者2人以上の場合 | 30% | |
女性(主婦、独身、幼児等を含む) | 30% | |
男性(独身、幼児等を含む) | 50% |
(2)一家の支柱
一家の支柱の場合、生活費控除率が有利になっているのは、遺族の生活保障に配慮するためです。
(3)男性、女性
男性の場合、50%、女性の場合、30%とされて、生活費控除率が女性に有利になっているのは、賃金の男女間格差を是正するためです。
基礎収入額で記載しましたように、全年齢平均賃金額が、男性の学歴計が、550万円程度、女性の学歴計が、390万円程度で、男女間格差があることから、550万円程度×(1-0.5)=275万円程度、390万円程度×(1-0.3)=273万円程度とすることにより、賃金の男女間格差を是正するためです。
(4)女子年少者
女子年少者の場合、基礎収入額が、基本、男女計の全年齢平均賃金額(学歴計は、490万円程度)とされていて、賃金の男女間格差が是正されているため、生活費控除率は、基本、45%程度とされています。
490万円程度×(1-0.45)=270万円程度になり、上記の男性の場合と女性の場合との均衡がとれるからです。
(5)兄弟姉妹のみが相続人の場合
兄弟姉妹のみが相続人の場合、生活費控除率を別途考慮する場合があるとされています。
この場合、遺族の生活保障に配慮する必要性が低くなるからです。
6 死亡による逸失利益の就労可能年数に対応する中間利息控除係数
(1)就労可能年数
就労可能年数は、裁判・弁護士基準では、原則として、「67歳までの年数」と考えられています。つまり、被害者は、67歳まで稼働収入を得られたであろうと考えられています。
但し、高齢者の場合、裁判・弁護士基準では、「67歳までの年数」が「平均余命年数の2分の1」より短くなるときは、「平均余命年数の2分の1」を使用すべきと考えられています。
(2)中間利息控除係数
ア
中間利息控除は、金銭は通常利息が発生するものであることから、将来取得予定の金銭を、現在の金銭価値に引き直す場合に用いられるものです。
そして、死亡による逸失利益の場合も、将来にわたって利益(稼働収入)が発生しますが、他方、損害賠償は、通常、現時点で一括払いされますので、将来取得予定の金銭を、現在の金銭価値に引き直す必要があり、その間の中間利息を控除すべきとの考えに基づくものです。
イ
そして、裁判・弁護士基準では、原則として、年3%のライプニッツ係数(複利計算)が採用されています。
但し、令和2年3月31日までに発生した交通事故については、原則として、年5%のライプニッツ係数(複利計算)が採用されています。
なお、被害者にとっては、年3%のライプニッツ係数(複利計算)の方が、有利になります。
7 死亡による逸失利益の具体例
(1)5歳の女子幼稚園児の場合
例えば、被害者が、交通死亡事故時、5歳の女子幼稚園児であった場合を考えます。
この場合の死亡による逸失利益は、概ね、
490万円程度(男女計・学歴計・全年齢平均賃金額)(女子年少者の場合)×(1-0.45)(女子年少者の場合)×17.3653(5歳の者に対応するライプニッツ係数)=4700万円程度
になります。
(2)17歳の男子高校生の場合
例えば、被害者が、交通死亡事故時、17歳の男子高校生であった場合を考えます。
この場合の死亡による逸失利益は、概ね、
550万円程度(男性・学歴計・全年齢平均賃金額)×(1-0.5)(男性の場合)×24.7589(17歳の者に対応するライプニッツ係数)=6800万円程度
になります。
(3)22歳の男子大学生の場合
例えば、被害者が、交通死亡事故時、22歳の男子大学生であった場合を考えます。
この場合の死亡による逸失利益は、概ね、
640万円程度(男性・大学卒・全年齢平均賃金額)×(1-0.5)(男性の場合)×24.5187(67歳までの45年に対応するライプニッツ係数)=7800万円程度
になります。
(4)45歳の男性の会社員(年収600万円)で、妻子ありの場合
例えば、被害者が、交通死亡事故時、45歳の男性の会社員(年収600万円)で、家族に妻(専業主婦)と子供1人がいた場合を考えます。
この場合の死亡による逸失利益は、概ね、
600万円(年収額)×(1-0.3)(一家の支柱で、被扶養者2人の場合)×15.9369(67歳までの22年に対応するライプニッツ係数)=6700万円程度
になります。
(5)45歳の主婦の場合
例えば、被害者が、交通死亡事故時、45歳の主婦であった場合を考えます。
この場合の死亡による逸失利益は、概ね、
390万円程度(女性・学歴計・全年齢平均賃金額)×(1-0.3)(女性の場合)×15.9369(67歳までの22年に対応するライプニッツ係数)=4400万円程度
になります。
(6)70歳の主婦の場合
例えば、被害者が、交通死亡事故時、夫と年金暮らしをしていた、70歳の主婦であった場合を考えます。
この場合の死亡による逸失利益は、概ね、
290万円程度(女性・学歴計・70歳以上の平均賃金額)(主婦で高齢者の場合)×(1-0.3)(女性の場合)×8.5302(平均余命年数の2分の1の10年程度に対応するライプニッツ係数)=1700万円程度
になります。
8 死亡による逸失利益(年金収入)~年金の逸失利益性
死亡による逸失利益とは、被害者が、仮に交通事故により死亡しなければ、得られたであろう利益のことをいいます。
この場合の利益は、通常、稼働収入になります。
そして、年金収入も、逸失利益性が認められるかが問題となります。
この点、老齢年金、障害年金は、判例上、逸失利益性が認められています。
他方、遺族年金は、判例上、逸失利益性が認められていません。
よって、以下、年金収入は、老齢年金収入又は障害年金収入の場合を前提に説明いたします。
年金収入の死亡による逸失利益は、簡単なイメージで表現しますと、「年金収入(年収)」×「平均余命年数」になります。
9 死亡による逸失利益(年金収入)の相場(裁判・弁護士基準)の目安~結論
死亡による逸失利益(年金収入)の相場(裁判・弁護士基準)について、結論からお伝えいたします。
死亡による逸失利益(年金収入)の相場(裁判・弁護士基準)の目安は、以下のようになります。 但し、あくまで目安ですので、ご注意ください。
70歳の女性の年金受給者(年金収入(年収)120万円)の場合 | 700万円程度 |
---|---|
80歳の男性の年金受給者(年金収入(年収)120万円)の場合 | 400万円程度 |
以下、詳しく説明いたします。
10 死亡による逸失利益(年金収入)の計算式、基礎収入額、生活費控除率
(1)計算式
死亡による逸失利益(年金収入)は、裁判・弁護士基準では、正確には、以下のような計算式で計算されています。
「基礎収入額」×(1-生活費控除率)×「平均余命年数に対応する中間利息控除係数」
(2)基礎収入額
基礎収入額は、年金収入(年収)額になります。
(3)生活費控除率
生活費控除率は、年金収入の場合、裁判・弁護士基準では、基本、60%程度とされています。
年金の場合、生活費に費消される割合が高いことが多いと考えられているからです。
11 死亡による逸失利益(年金収入)の具体例
(1)70歳の女性の年金受給者(年金収入(年収)120万円)の場合
例えば、被害者が、交通死亡事故時、70歳の女性の年金受給者(年金収入(年収)120万円)であった場合を考えます。
この場合の死亡による逸失利益(年金収入)は、概ね、
120万円(年金収入(年収)額)×(1-0.6)(年金収入の場合)×14.8775(平均余命年数20年程度に対応するライプニッツ係数)=700万円程度
になります。
(2)80歳の男性の年金受給者(年金収入(年収)120万円)の場合
例えば、被害者が、交通死亡事故時、80歳の男性の年金受給者(年金収入(年収)120万円)であった場合を考えます。
この場合の死亡による逸失利益(年金収入)は、概ね、
120万円(年金収入(年収)額)×(1-0.6)(年金収入の場合)×7.7861(平均余命年数9年程度に対応するライプニッツ係数)=400万円程度
になります。